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2011年12月

2011年12月31日 (土)

大晦日の〝朝練〟

大晦日。家の手伝いもせずに良心の呵責を振り切って〝朝練〟へ。
昨晩、天気予報を見ると日本海側はそれほどひどい予報ではなかったものの、上り「あけぼの」は秋田で抑止中という情報が掲示板に上がっていた。乗客に対して不謹慎であるが、これなら31日は多少遅延するのではないかと踏んで、午前4時に起床して部屋でノロノロ支度していたら4時45分に長岡を出発したとの情報。いつもより遅めの5時45分に家を出た。
どんなに順調にいっても上野着は午前8時は回るだろうと判断し、東名高速から環八経由で久しぶりに浦和へと向かった。東十条も考えたが、日の出が遅いこの時期、今後もたびたび訪れるであろうと予想して浦和に決めた。
時間が余ったため川口の北側で下り列車を撮れそうなポイントを下見した後、南浦和~蕨のSカーブに行ってみたら、まだ早いせいか同業者は1人もいない。南浦和駅南方の道路脇にお二方いらしたのを見て、これまた5月以来の北浦和に足を向けた。PIKAさんのブログを拝見していると雑草が刈られることなく、そのまま伸び放題とのこと。冬になって枯れてしまったかと思いきや、しっかり茎が残っていて、相当高い脚立でも使用しなければ撮れそうもない。
けっきょく最初の予定通り浦和駅に着いたのが午前7時30分。駅前のコインパーキングに車を止め、いったんホームに行ってみた。9月18日に来たときはシャッターを押す位置がビルの陰になってしまったが、この時期午前9時頃はどうなのだろうと確かめたかった。「カシオペア」「北斗星」も近いうちにここで撮っておきたいためだ。ホームに行った時点ではまだビルの影が線路を覆っていたが、9時になれば問題はなさそう。ついでに越後湯沢で客を新幹線に振り替えた「あけぼの」が何時頃上ってくるか駅職員にたずねたものの、この時点ではまだ高崎にすら着いていないという。これで3時間半以上の遅れは確実。
いったん車に戻って和歌山の親戚と電話で話したりして時間をつぶし8時45分、機材を持って再びホームへと上がった。
今日は「カシオペア」の運転はなく「北斗星」のみ。その「北斗星」は定刻に通過。その後はやることもなくなってニコンのミラーレス機V1をニッコールの一眼レフ用レンズに付けてテスト。普通電車や185系などを撮ったが、操作している間に各種ダイヤルやボタンに触れてしまうとすぐに設定が変わって鬱陶しい。いじったつもりがなくとも、ちょっとした接触でもシャッター速度、オートフォーカスなどの設定が動いてしまう。画面中央のオートフォーカスのポイントも大きすぎてピント合わせがやりづらく、特にタテで構えたときなどはいったんヨコでピントを合わせてからでないと厳密なピント合わせができない。このカメラだけで鉄道撮影をしようというのはかなりのリスクを伴うだろう。また、帰宅して分かったが、慎重にピントを合わせ「置きピン」にしても画像ソフトで「シャープ」をかなりかけないとエッジがモヤモヤしてしまう。
やはりそれなりのカメラだから、複数台で撮影するときでないと本命の被写体には怖くて使用できない。これが自分としての結論だ。結果的に「シャープ」をかけるとまあまあなレベルになるから、もう少し使ってみようとは思っている。

「あけぼの」は10時45分に通過。太陽が西に回ったおかげでほぼ順光、架線の影も機関車正面のど真ん中を外れていた。思えば今年の「あけぼの」の撮り初めも双頭連結器のEF641032だった。1032で始まり1032で締めくくり。6月から通い始めた浦和での「撮り納め」となった。
帰りは首都高速、目黒通り、第三京浜で帰宅。正午を少し回ってしまったが、優しき妻は快く迎えてくれた。

(アップした画像のうち、185系「あかぎ」のみニコンV1で撮影。それなりに画像に手を加えてある)

皆さまどうぞ良いお年を!
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2011年12月30日 (金)

ようやく〝朝練〟を決行

29日は泊明け。特に何事もなく10時過ぎに会社を出た。昨夜はあまり仮眠できなかったが、酒を飲まずに寝たことが幸いしたのか眠気はない。帰りの電車で佐々木譲の「密売人」を読み終えた。大阪で8月に買っていたのだが、ハードカバーということもあって持ち歩くのが重く、年末の空いた電車なら座席に座れるから、ようやく読むことができた。北海道警を舞台にしたシリーズもので、佐々木譲の中で最も面白く読める。
最寄り駅で妻と待ち合わせて買い物に。妻のパソコンが不調となり、修理に出している暇もないから新たに購入することになった。まずは一緒に昼食。野菜を中心に玄米などを使ったランチを食べたのはセンター北のノースポートにあるレストラン。以前、家の近所にあったが移転したらしい。黒ごまをかけて食べたがなかなか美味しかった。おかわりもできるのだが腹八分目でがまん。大阪を離れる際の連日の飲み会により体重が増えたから自重しなければならない。
食後、近くのヤマダ電機で石油ファンヒーターを買い、1階のスーパーで正月用のビールや飲料用の炭酸など購入。すぐそばのパソコンショップで妻はソニーのノートPCを買った。
息子は同級生の家へ遊びに行ってしまったから夕食は妻と家で鴨鍋。30日は絶対に〝朝練〟に行くべく早々に就寝。

暮れも押し迫り30日はようやく帰京後初の〝朝練〟。日本海側は雪が降っているようだが、「あけぼの」は定刻で運転されているようだ。久しぶりにR32に給油して首都高速経由、板橋本町から東十条へ現着したのは6時過ぎ。まだ周囲は真っ暗。日の出が6時50分だから46分通過の「あけぼの」はまだ日の出前の撮影となる。6時半を過ぎても露出はISO2000で160分の1。このあたりは速度が遅いから何とか撮れそうだが、ISO2000だとヘッドライトの周りがにじんでしまう。通過数分前になっていくらか明るさが増したから1600まで下げることとした。
「あけぼの」は双頭連結器のEF641031に牽かれ定刻に通過。客車の下回りとヘッドマークに着雪が見られたが、それほど多くはない。2エンド側を上野に向けていたのはラッキーだった。
ゆっくり片付けをして首都高の入谷を目指したが、推進回送で田端に入る「あけぼの」を尾久付近の踏切で撮影してみることにした。朝日が機関車正面を照らし、それなりに良いのだがいかんせんパンタグラフは片一方しか上がっていない。ヘッドマークを覆っていた雪も溶けていた。スカートに向かって左端にあるコックのための欠き取りをカバーで覆っているのは雪対策だろうか。
首都高速で横浜青葉経由で帰宅したのは8時15分。帰省ラッシュで東名高速は渋滞しているだろうと覚悟していたが杞憂に終わった。Tabata_2
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2011年12月28日 (水)

今年、印象的だったこと

27日は休み。朝からまだまだ片付いていない引っ越しの荷物を整理した。単身赴任の身ではあったが、案外荷物は増えるもの。精査すればどうでも良いようなものも多く、かなりの量のゴミを出すことになった。こんなことなら大阪で始末してくれば良かったのに。とにかく自分の部屋に入れるものだけは午前中いっぱいかけて片付けることができた。

年賀状もまだ印刷していないし、正月の準備もしていない。おまけに年明けからリフォームが本格化するから、荷物の移動も始めなければならず気ぜわしい年末だ。一度ぐらい〝朝練〟に行きたいし、ニコンV1のテストもしてみたい。前回のブログにコメントを寄せていただいた「ゴハチ信者」さんが紹介してくださったブログを拝見すると、V1の画質はそこそこのようだが、以前大阪で京阪電車を撮ったときの結果を見るとあまり芳しいものではなく使い物になるかどうか。
午後、外付けHDに保存してある画像データをDVDにバックアップ。かつてはこまめに行っていたが、ここ1年以上はやっておらず相当なデータがたまってしまっている。外付けHD3台に保存してあるが、やはりDVDにも焼いておきたい。

あらためて今年の撮影を振り返ると何といっても一番印象に残るのは鳥取のお召し列車。
久しぶりのお召しということもあるが、あの一本の列車にかけたパワーは2011年中で最も大きかっただろう。今後、客車のお召し列車が走るとは思えないが、機関車が牽引するお召し列車をまた撮影したいものだ。噂によればJR西日本は「あすか」や「なにわ」を廃止にする方向とも聞いたが、そうなると今後はE655系を機関車が牽く姿しか実現できなくなるかもしれない。天皇陛下がSLの牽く列車にでも乗ってくれるのなら別だが…。
2番目は「あけぼの」の新たな撮影地として浦和駅に通い詰めたこと。この6月以降、連続12回続けて通った。個人的に長いレンズには最適ともいえる場所だが、日の長い時期でないと「あけぼの」はビルの陰になってしまう。冬の間は「カシオペア」「北斗星」でも撮りに行きたい。
3番目は上越、山口、磐越西線などへのSL撮影。C61が復活したおかげでさまざまなイベントが行われたが、自分としてはD51498が後藤工場タイプのデフ、集煙装置を付けて磐越西線を走ったことが印象に残る。磐越西線自体、そうとう久しぶりに訪問したが、あのローカルムードは今も変わらず素晴らしかった。スノープローと小倉工場タイプのデフを付けたC57180の姿をまた見たいものだ。今年の山口線は残念ながら天候に恵まれなかったが、JR東のSLとは違ってボイラ性能を駆使した汽笛などはたまらない魅力。

来年はこちらに戻ったことで東北方面へのブルトレ、ED75撮影や、可能なら北海道へ「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」などを撮りに行きたいもの。
3月で定期列車としてはなくなる「日本海」は季節列車としての残留が検討されているらしいが、実際に運行されるかどうか疑問も感じる。過去、「つるぎ」が臨時列車として残ったがヘッドマークはなく1年程度でいつのまにか消滅してしまったことを思い出せば楽観はできない。先日、聞いた話では「きたぐに」も季節臨となる可能性があるものの、直江津止まりで683系に置き換えられる話があるようで、機会があればまた撮りに行きたい。
他にも千葉のいすみ鉄道のキハ52、秩父鉄道のC58363なども要注目といったところか。

ところでこのブログ、多くの方々に見ていただいているようで恐縮だが、そろそろ会員制にするか、別に同じ内容のブログを立ち上げ、そちらを会員制にしてさまざまな情報や裏話、ホンネを掲載しようかと検討している。人物が特定できる方にだけ読んでもらいたい話などを忌憚なく発信できる場が欲しいと考えている。

今日28日は最後の出勤。泊まり勤務だから夕方からの出社となる。

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今回も在庫から。
阪急の6350系は「京とれいん」として京都本線に残ったが、扇形のヘッドマークのおかげで車番が隠れたのは残念だ。Photo
11月の山口線撮影の帰り、新山口の駅で撮影した新幹線100系。おそらく自分が撮影する最後の100系になるだろう。Photo_2

2011年12月26日 (月)

最近のコト

2年2カ月に及ぶ単身赴任生活を終え自宅に戻っ一週間になるが鉄道撮影に行っていない。情けないことだ。東京(関東)に帰ったら撮りたい被写体は大阪よりも多いはずなのに。まあ、趣味というのは決して義務ではないのだから焦らず、気が向いた時間を利用して臨むように心掛けたい。

昨年のNHKの大河ドラマは「龍馬伝」だった。その大河ドラマ、今年は不評の「江」も終わり、そろそろ紅白歌合戦の時期になる。早いものだ。
大阪でお世話になったA氏やHa氏たちとはこの1年、いったい何度撮影に行き何度酒を酌み交わしたか。山口線のC571、阪急6300系のサヨナラ運転、489系サヨナラ、京阪電車、琴平電鉄、ブルトレ「日本海」などなどなど。焼き肉も行ったし、十三にも行った。天六でも飲んだし京橋でも飲んだ。湯田温泉では酒を飲めないHi氏に午前2時まで付き合ってもらったし、Ma氏、O氏、I氏とも知り合えざっくばらんな裏話も交わせるようになった。Na氏にはリフォームの相談まで乗っていただき、取りあえず完成した風呂は一日のうちの楽しみな時間となっている。

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21日はデスクトップパソコンに諸々のソフトやドライバをインストール。
22日はニコンのミラーレス機V1用のマウントアダプターが到着した。これで一眼レフ用のニッコールレンズをV1に付けて使用できる。画角が2・7倍になり、100ミリレンズなら270ミリとなるから長いレンズに付けると面白そう。問題はミラーレス機の画質で、以前京阪電車を撮ったら、あまり満足のいくものではなかったから少々不安。試し撮りはもっと先になるだろうが、どんな仕上がりになるだろう。もし不満なら早い段階で売却するつもり。
23日、本当は24日から出社だったのだが、間違えて一日早く会社に顔を出してしまった。これまでと仕事がガラリと変わるから、いろいろと覚えなければならないこともあるから、家でブラブラしているよりもマシなのだが、天皇誕生日で祝日でもありちょっと損した気分。
クリスマスイブの24日が正式な初出社。朝からパソコンの操作をいろいろと覚え、どうにか扱えるようになったものの、使い勝手の悪いシステムに手を焼く。業務終了後、大阪時代の前任者とちょっと一杯。東京では酒を控えようと思っており、この日は22時には解散した。
25日は2年ぶりの泊まり勤務。ゆっくり昼近くまで寝て、日の高いうちから長風呂。夕方5時に家を出て7時から仕事に就く。
26日は午前10時に仕事から解放され、職場の同僚と正午近くまで新橋で酒を飲んで帰宅。昼食後、妻と青葉台のリフォーム業者へ行き、リビングの工事について打ち合わせ。あまりの眠さに夕食後直ちにベッドに入る。

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東京に戻ってまだ鉄道撮影に出掛けていないのは前記の通り。したがってアップする写真もなく、昔撮った0系新幹線。引退間際の写真。Photo_4
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2011年12月20日 (火)

あらためて「日本海」

19日は本社に着任の書類を提出するために10時半過ぎに新しい職場に顔を出した。主に通勤定期券の申請など、身の回りに関する手続きだけで仕事自体は23日から。何しろ大阪時代にたまっていた代休があるから、しばらく休んで家のこともしなければならない。
2学期の終業式に行く息子と途中まで一緒だったが、風邪のためか歩いていてもフラフラと目まいを感じる。東京の電車は混んでいるのに、この時間になると各駅停車はガラガラで助かった。
出社後、新たな上司にあいさつなどをして厚生部に書類を提出。職場の先輩にこれからの大まかな業務内容について説明を受け早々に退社。正午から北朝鮮が重大発表を行うとのアナウンスがあったが、一足早く会社を出て帰途についた。
家に帰ると昼のニュースで金正日総書記が死亡したとのこと。この時期、北朝鮮で「重大発表」と言えばこれしかないと予想していたが的中した感じだ。今年はエジプトのムバラク大統領やリビアのカダフィ大佐などが失脚したが、まさに独裁者が相次いで消えていった年となった。新たな為政者が前任者と同じような路線を踏襲することがないよう期待したい。特に北朝鮮の後継者・金正恩はまだ20代と若いだけに不安を感じざるを得ない。
その一方で金正日死去のニュースで放映された北朝鮮の市民の様子には驚いた。机をたたいて泣き叫ぶ政府関係者、総書記がつい最近視察したデパート店員の大げさなコメント。わざとらしさをぬぐえないパフォーマンスに映ってしまい、悪政に苦しんだ人民が「やっと死んでくれた!」と喜んで泣いているようにさえ思え正直滑稽な感じすら覚える。下手な喜劇や漫才を見るより数倍も面白く笑えた。ユーチューブなどにアップされるだろうから、時間のあるときにまた見てみたい。
息子も帰宅して午後、御殿場のアウトレットに買い物に行った。御殿場~足柄の富士山がよく見えるポイントで、来年3月になくなる小田急乗り入れのJR東海371系でも撮ろうかとニコンを持参したが富士山が雲に隠れて果たせず、買い物に専念することとした。
以前は欲しいものだらけだったが、年をとってから着るものに興味が持てなくなって見る店はティンバーランドとブルックスブラザーズ程度になってしまった。ニコンも出店しているがタイの洪水の影響もあってか一眼レフが少なく、ミラーレスのV1、J1をメインに陳列がされていた。この店、来るたびに思うのだが量販店で買った方がはるかに安く買えるものだらけ。「アウトレットプライス」とのタグが付いた品物も大して買い得とは思えないものばかりだ。ここは量販することを目的としておらず、家族の買い物に付き合うお父さんたちを狙ったショールームのような位置づけなのだろう。購買意欲を高めることを目的にしている様子。
けっきょくティンバーランドでマフラーとスニーカーを購入した。
午後7時の閉店まで粘り、たまプラーザの「金沢まいもん寿司」という回転寿司屋で夕食。以前から何度か来た店で、当初は回転寿司にしてはなかなかおいしいと感じたが、久々に来てみたら明らかに味が落ちていた。回転寿司なのにベルトコンベアには何も乗っておらず、その都度カウンターの中の職人さんにオーダーする。ベルトコンベアが大きなものだけに、一周するとネタが乾いてしまうため客がコンベアからすしをピックアップしないで、職人さんに発注するから、店の方も余って捨てるような無駄なすしを作らない。それが返って活気のなさを見せつけるようで悪循環になっているようだ。休日ならば客も多いが平日はそれほどでもないからそういう方針なのだろう。
そんな目に付く部分だけではなく、しゃりもネタも概しておいしいと感じなかったのは大阪でうまいものばかり食べてきた功罪なんかもしれない。帰宅しても断酒して早めの就寝。

20日は家のリフォームに関する税金などの件で税務署に問い合わせ。その後、郵便局から大阪で使用したLANの機器をNTT西日本に返送、オートバックスでレーダー探知機について説明を受け、スーパーで飲用の炭酸水、ビールを買っていったん帰宅。昼食後、パソコン店でデスクトップPCのキーボードカバー、USBの増設アダプターを買い求め、ヤマダ電機に固定電話、プリンター、コピー機、ファックスが兼用のブラザーの複合機を見に寄った。石油ファンヒーターも買いたかったが、どちらもネットで買うことも考慮して見合わせた。文庫本を買って帰宅。
夜は1985年の鳥取国体で走ったお召し列車のカラーネガをスキャン。

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大阪で撮影した「日本海」の画像をあれこれと…。いずれも大阪近郊ばかり。再掲ばかりだが。1

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2011年12月18日 (日)

今日も引っ越しの片付け

予想通り17日の上り「あけぼの」は双頭連結器EF641030号機。しかも約40分ほどの遅れで(乗客の方には申し訳ないが)上ってきたらしい。さらに早々と着雪もあったというのだから体調さえ万全ならば帰宅後の第一戦としてはふさわしい被写体だったのに残念。まあ、冬は始まったばかりだから焦る必要もないが。

朝食を終え直ちに引っ越しのにもつの片付け。自分の部屋にあふれかえった本や古くなった衣類を整理、処分して大阪から持ち帰った荷物をどうにかこうにか納め終えたら午後5時を過ぎていた。少なくとも「鉄道ダイヤ情報」はダイヤ改正以前のものについて不要となっているのだから大幅に処分しなければなるまい。これらの荷物が片付くのはうつになるのだろう。
夕食は妻が忘年会に行ってしまったこともあって息子と2人。この日も断酒。

18日も〝朝練〟に行ける体調ではない。前日の疲労もあって片付けは少しだけにした。その代わりデスクトップパソコンに各社のHPからプリンター、スキャナーのドライバーをインストールして使用可能にした。大阪時代を含め2年半ほど使用していなかったプリンターがヘッドの目詰まりもなく写真を印刷できたのには驚いた。撮影した写真をプリントしたのは3年ぶりぐらいだが、パソコンのモニターで見るよりもきれいに見えたほど。10月の鳥取お召し、9月の北方貨物線での「日本海」回送など10枚程度を印刷したが、我ながらまあまあと思える画質に安堵した。

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11月に東十条で撮影した「あけぼの」。年内に1度ぐらいは撮影できたら嬉しいのだが。Photo

2011年12月16日 (金)

帰宅

12月14日、妻が引っ越しの手伝いのため昼過ぎの新幹線で来阪した。前夜の送別会の深酒がたたり、胃がガタガタのまま駅へ迎えに行き、新大阪構内の「美々卯」で何とか昼食を取った。
その後、部屋に戻って荷造りしたが、情けないことに自分は二日酔いのためベッドにひっくり返って、妻にほとんどの作業を任せる羽目になった(申し訳ない)。
夕方、2人でマンションを出て会社に。妻は近くの喫茶店で待機。職場で自分の後任者と軽く引き継ぎ。その後、彼の奥方と妻も合流し4名で近くの料理屋へ。ここは歓送迎会などでお世話になったお店で75歳の大将と65歳の奥様がやっておられる。全てお任せで料理を出してくれるが、今まで何度行っても外れの料理は一切ない。かつて「料理の哲人」にも出演した大将がこの日は新タケノコ、マツタケなどを出してくれて妻も満足。二日酔いも覚め大いに堪能した。2軒目の立ち飲み屋も4名で行き最後のあいさつ。女性たちはこのお店にも満足した様子だった。
お店のご夫婦に見送られ妻と2人で北浜のバーへ。2軒目と3軒目は前夜と同じコース。アンティークな雰囲気のバーで元プロ野球投手だったお客さんやお店のご夫婦にあいさつした後、妻を連れ深夜の職場で待ってくれている女性次長らと贅沢に芋焼酎「魔王」を空けて大阪最後の夜を終えた。引っ越し自宅で散らかっているマンションに戻ったのは午前3時。

大阪を離れる15日は朝9時に引っ越し業者が部屋にやって来た。約1時間半で荷造りを完了したが、前夜の疲れが残っていて約2時間ほど家具がなくなった部屋で妻とともに横になりうたた寝。午後1時になって近所のイタリア料理屋で昼食を取った。妻は昨夜、珍しくビール以外にワインや焼酎をちゃんぽんしたうえ寝不足とあって体調不良。せっかく楽しみにしていた昼食も残しがち。
食後、近くの郵便局で郵便の転送手続きを取って新大阪14時47分の「のぞみ」に乗車した。新大阪駅にはわざわざHa氏が見送りに来てくださって、11日に集まった皆さんの心遣いを頂いた。これで3度目の大阪離任。前の2回は早く帰京したいという気持ちが強かったが、今回は大阪にまだ残りたいという気持ちが入り混じっていた。
日没間際にもかかわらず富士山が頂上までクリアに見えていたのが印象的だった。最寄り駅からタクシーで帰ったがクタクタ。やっと我が家に戻ったという感慨に浸ることもできず、夕食後は早めの就寝。

16日は朝8時半に大阪からの荷物が到着。「アート引越センター」がバカでかいトラックで乗り付けてきたおかげで、ひっそりと荷入れをしたかったのに近所に目立ってしまった。
小1時間で搬入完了。取りあえず和室に荷物を置いたが、風邪をひいてしまったようでノドが痛むし鼻も出る。無理をせずに荷物の片付けは必要最小限にとどめた。
大阪のマンションで使用していたノートPCを設定し直し、午後は妻とリフォームのためにキッチンを見に行き、帰りに「鉄道ダイヤ情報」を買って帰宅。
バスルームがきれいになり前日同様の長風呂で風邪を撃退しようとしたが、返って熱が出てきたようだ。17日は土曜日だというのに〝朝練〟は無理。せっかく双頭機の1030号が「あけぼの」を牽くというのに…。

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11月20日撮影の地福発車直後の「やまぐち号」。Photo

2011年12月13日 (火)

最後の「日本海」を千里丘で

11日夜の関西の鉄道仲間たちとの宴会はひじょうに楽しかった。夕方5時に梅田で待ち合わせて鍋料理の「暁」に。この店、もともとは病院だったのを改造したもので、外観を初めて見る人には怪しい雰囲気に映る。メニューは鍋料理が主体で辛めの「赤鍋」、あっさり味の「白鍋」のほか、「黒鍋」がある。この日は総勢8名で赤と白を注文、飲み放題で約3時間ほど歓談した。A氏夫妻と京都のHi氏を除く4名の方々とは今回の大阪赴任で始めて知り合いになり大変お世話になった。
この2年2カ月の間は関西圏では岡山のEF65の一般型、キハ181系、489系ボンネット車の消滅、北近畿地区からの183系の大幅撤退など国鉄時代からの車両が激減し、最後になって「日本海」が廃止されるというニュースが飛び込むなどさまざまな出来事があった。その一方でクモハ183系200番台や京阪旧3000系などを始めて撮影することができたし、久しぶりにお召し列車が運転されると言ったビッグイベントも経験でき、実に良いタイミングでの転勤でもあった。
それらを満足行くまで撮影できたのはお仲間たちのアドバイスやヒント、助力があったからに他ならず、そういった人たちと離れるのはとても寂しく、単身赴任という負荷はさておき、もう少々大阪に残りたいという正直な気持ちもある。
2軒ほどをはしごしたこの日の宴会はそこそこの時刻に終了したが、お召し列車撮影の際に倉吉で催したものに匹敵するような今までの酒席の中でもいつまでも心に残るものになるだろう。

12日は夕方から毎年末恒例の同業各社の集まり。ここで年間の功労者が表彰される。自分の職場でも1名の若手が賞を頂くから新部長とともに参加する。
ただしその前に8日、天六(天神橋筋6丁目)のスナックで他社の部長と飲んだ際の支払いをすませなければならない。当日、延々とカラオケを歌いまくったら思った以上に料金がかさみ持ち合わせが足りず、半分を後日支払うことにしていた。土日に和歌山へ行ったこともあってすぐに支払いに行けず恐縮していたから、なるべく早く金を届けようと思って午後7時に行ったらまだ店が開いておらず、同業各社の集まりを早めに抜け出して梅田の「中央軒」で特製チャンポンで夕食をすませ、再度天六へ赴いて支払いをすませた(それにしてもけっこうな料金で2度と行くことはないだろう)。翌13日は職場の送別会があるため体調を回復させようと断酒。

13日、午前中に引っ越し用の段ボールが届けられた。思った以上に早く届けられたので、それならばと「日本海」を撮りに千里丘へ行った。牽引機はトワイライトエクスプレス用の113号機。ローズピンクのEF81も良いが、この色の81が牽く「日本海」はそれほど撮る機会がなく、千里丘で撮影するのも2回目。通過6分前に何とか間に合い今回の転勤で最後となるであろう「日本海」を撮ることができた。
直後の電車で東淀川へ移動。実はこの駅のホームから神崎川鉄橋を下ってくる貨物の73列車を長いレンズで撮ってみたかった。かねてから考えていたが、その機会がなく、大阪を離れるギリギリになってようやくトライすることができた。
千里丘を「日本海」が通過するのが10時16分。73列車が東淀川を通過するのが10時45分ごろだからスケジュール的には効率よく撮影できるのだが、その東淀川は実際に行ってみると思ったようなアングルにはならず使いものにはならなかった。
いったん部屋に帰って少しだけ荷造りをして夕方出社。6時からの職場の送別会に出席した。ありがたいことに参加者が30名を越え、お餞別まで頂戴し感謝感激!力足らずの管理職だったことを思うと返って申し訳ない気分もある。職場の仲間だけでなく飲み友達や古くからお付き合いしているカレー屋のママさん、会社を退社して他の仕事に就いている女性なども駆けつけて下さり、(自分で言うのも何だが)大いに盛り上がった。
2軒目は裁判所近くの立ち飲み屋、3軒目は北浜のバー。遅くまでそれ相応の人数が集まって送ってくれた。

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今回、大阪最後の撮影となった「日本海」。前述したようにトワイライトエクスプレス用のEF81はあまり撮る機会がなく、しかも晴れた日の撮影はほぼ皆無。とにかくこの機関車の色は晴天でないとはっきりとグリーンが判別できない。ここ千里丘は晴れると編成側面に日が当たらないが、それは承知のうえ。この113号機は2009年9月28日に大阪に住宅を探しに来た際、岸辺のホームで初めてトワイライトエクスプレスを撮影したときの牽引機。最初と最後に同じ機関車に巡り会うというのは偶然だった。
そろそろJR西日本から廃止の発表があるようだが、来年になったらあらためて一度ぐらいは撮りに来たいものだ。Sennrioka

2011年12月11日 (日)

北方貨物線で撮り納め?

肝臓を痛め続けた1週間だった。忘れてしまいそうなので詳細は後日、記すとして。

大阪に戻った6日は同業他社との会議後、難波の中華料理で懇親会。その後、近くの地鶏料理屋で2次会。そしてその中の1人と北浜にあるバーで3次会。帰室は午前3時。

7日は神戸のある会社に離任のあいさつに行き神戸でも有名なベトナム料理屋で、しこたま紹興酒を飲み、三宮駅前のバーで2次会。思い起こせばこの1週間でこの日が最も早く部屋に戻ったことになるが、それでも帰ったのは午前1時。

続いて8日は他社の部長2名と8時から梅田で〝試合開始〟
天六のスナックでカラオケになってしまい解散したのは午前3時。

9日は和歌山の親戚にあいさつに行きホテルの和食料理屋からスタート。続いて鳥料理屋へ場所を移し、さらに午前3時まで「和民」。その後ホテルの部屋で〝部屋飲み〟
ベッドに入ったのはジャスト朝の6時。

10日はフラフラで闘病中の叔母を見舞い、午後遅くに和歌山・海南のイタリア料理屋でワインなど…。「くろしお」で帰れば新大阪には夕方6時には着いていたのに、京都から来た従姉妹の車に甘えて乗せてもらった。京都に着いたのが午後9時45分。新幹線で新大阪に着いたのが10時過ぎ。さすがにこの日は酒を断ったが、腹が減って20年ぶりに牛丼の吉野家へ。

11日はHa氏に誘われ北方貨物線で「日本海」。淡路で「京とれいん」。こちらも行こうと思っていたが、ちょうど良い連絡をいただき感謝。夜は鉄道のお仲間たちと宴会の予定。実は何のしがらみもなく気軽に飲める、この酒席が最も楽しみだ。
ガンバレ肝臓!

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大阪に赴任して以来、何度も通った北方貨物線で11日に撮った「日本海」。
ひょっとしたらあと1,2回撮れるかもしれないが、これが大阪在勤時代、最後の撮影になるかもしれない。Photo
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2011年12月 5日 (月)

リフォーム着工

4日は朝から快晴。前日、天気予報を見てもちろん〝朝練〟を決行しようと思っていたのだが、JR東日本のHPを見たら「あけぼの」は強風のため運休。鶯谷で推進回送を狙うつもりでいたがあえなく断念。「北斗星」を撮りに行くことも考えたが、カシオペア塗装機ならともかく、普通のEF510ではその気になれなかった。
リフォームを控え洗面所の化粧品などをまとめ和室に避難させ、この際不要になった衣類などの整理を行う。なかでも2つもとっておいたプリンターの空き箱はかなりの大きさで、その段ボールの始末には難儀した。午後、キッチンの選定のためセンター北のクリナップのショールームへ。工事を請け負う業者の方と3名で2時間ほど打ち合わせを行った。
ところで京都のHi氏からメールをいただいた。それによると大阪でも屈指の焼肉店・松欄の大将が去る11月5日に心筋梗塞のため亡くなられたという。あまりにも突然なことで言葉も出ない。初めてお会いして親しくおしゃべりをしたのが4月28日。その後は一度しか行っていないが、ここの大将の肉に対する情熱は凄かった。ぜひ息子にも食べさせてやりたかった。弟さんが間寛平さん似のお兄さんを継いだらしいが、あの強烈な個性をもった兄の後をうまく継承していってほしい。あまりにも、あまりにも突然の訃報にただただ驚くばかり。

5日はいよいよリフォーム第1弾、バスルームと洗面所の工事開始。
朝7時半から職人さんたちが来て従来のバスルームを取り壊し始めた。作業を横目に開店と同時に美容院へ行く。新宿鮫Ⅹの「絆回廊」は主人公・鮫島の上司・桃井が殺害されてしまうし、交際相手の女性との別れなど、これまでの背景をここで一段落させるようなストーリーになっている。この後のシリーズに興味を抱くかどうかは読者の感性によるものと思われる。
いったん帰宅。バスルーム取り壊しで出た廃材を置く場所が必要となったため車を近くの迷惑にならない場所に移動。「新宿鮫」の続きを読み終え、修理から上がってきたノートパソコンに必要なソフトをインストール。夕方5時半頃から近所の健康ランドへ息子と出かける。
前の大阪赴任時代は自宅に帰ると足繁く通った風呂屋だが、この10年間は一度も行っておらず久しぶり。17時以降は一人500円という安さもあってか客はそこそこ。以前はなかった岩盤浴などもできて様変わりしていた。
子どもと二人で大浴場に入るのもなかなか良いもの。わが家の風呂にはジェットバスなども付けてはいるが、リフォームが完成してもこうやって大きな風呂屋に来るのも悪くないと思った。
第1日目の作業は午後7時半過ぎまでかかったが、取り壊したバスルームのむき出しになった屋台骨を見ると、築後16年にも関わらず、どこにも腐食がなかったのは幸いだったと職人さんに珍しがられた。

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11月20日撮影。この日は晴れたり曇ったりの天気で、これは徳佐でとらえた下りの津和野行き3回目の撮影。間に合わないはずだったが列車の遅れも手伝ってギリギリ撮影することができた。C571

2011年12月 3日 (土)

阪堺電車のお気に入り車両

2日は夕方の新幹線で帰宅。会社を5時過ぎに出て御堂筋線で新大阪へ向かうつもりだったが、不審物が見つかったせいで地下鉄はストップ。仕方なくタクシーで新大阪に向かった。いつもはあまり人が乗ってこない京都から観光客らしき人たちが多く乗ってきたのは紅葉のシーズンのせいだろう。松浪和夫の「導火線」」を読み終え、6月に買ったまま未読だった大沢在昌の新宿鮫シリーズⅩ「絆回廊」を読み始めたが、このところの不摂生で眠くなり名古屋を出たところで眠ってしまった。新横浜で降りるときに名古屋から乗車して通路側に座った客が、こちらが降りるのに声をかけても足を引っ込めずちょっと不愉快。下車後、異動に際して大阪にやって来る予定の妻のチケットをエクスプレス予約で受け取り地下鉄とバスを乗り継いで帰宅した。大阪にくらべて圧倒的に寒い。リビングのガスファンヒーターがありがたい。
先週、注文してあったパソコンも修理に出していたパソコンも届いていたが、睡魔に襲われ早々に就寝。

3日は朝から雨。本来なら583系で運転される臨時の「はつかり」や旧型客車の団臨を撮りに行くつもりだったが雨足も強く断念。新たに購入したデスクトップパソコンを設定する。まずは何といってもインターネットにつなぐことを優先。無線ランのセットはあっけなく終了しファイヤーフォックスを使えるようにした。それでわがブログを見てみたらさすがにノートパソコンより圧倒的に画面が見やすくきれいに映る。過去にアップした写真のイエローが強いのが明確に分かる。今後はこのPCに合わせた色補整が必要となるだろう。
子供の学校に出かける妻を駅まで送り、ドラッグストアで化粧品を購入。ガソリンスタンドに寄って給油、灯油も買って帰宅した。
午後はOSがWindows7になったため、フォトショップなど画像ソフトを購入するかどうか検討するためインターネットを見たが、ものは試しと手元にあったCS2を入れたら使用可能。ACDSeeも古いバージョンが入るし、キャプチャーNX2とも連動する。さらにATOKも使えそう。不具合の出る可能性も払拭できないが、このまま使えるのなら10万円ほど出費しないですみラッキーなのだが。

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11月26日にA氏の結婚パーティーで撮影した阪堺電車の事業用車両デト11。はっきり言って路面電車にはあまり関心はないのだが、最近「鉄道ダイヤ情報」でこの車両を見てから興味をもった。詳細については全く分からないが、この細面の面構えは国鉄のDD202号機やDE10901の細い方のボンネットをほうふつさせる。連結器もなくほかの車両とともに走ることはできないようだ。A氏によれば本線走行することもないようだが、こういう車両を自分好みの長ダマで撮影してみたい。
たまたま日陰で逆光になる位置に停車していたので、軽くストロボを当てて撮影した。Photo
Photo_2

2011年12月 1日 (木)

しんどい宴会

しんどい4日間だった。決して業務のせいではない。アフター5のせいだ。
本社に異動が決まって職場の同僚、部下たちが気を遣って酒席に誘ってくれるのは大変ありがたいのだが、そろそろ肝臓がネを上げそうだ。11月28日こそある業界団体のOB会という性格上、参加者が恒例の方々が多く、そのためあまり酒量は多くなかったが、翌29日から12月1日までの3日間はマンションに戻ったのがいずれも午前4時でクタクタ。クレバーな人からみれば、「適当なタイミングでさっさと引き揚げればすむ話」との指摘を受けそうだが、そんな分別とは縁遠いところで生きている自分にはどだい無理な話。大阪に赴任した当初の頃のように徹底的に付き合ってしまった。
29日は本来、兵庫県の竹野に会議で行くことになっていたが、急な仕事が入り部下の管理職に代理出席してもらった。そのため夜のスケジュールが空いてしまい、それを知ったOB女性(62)からお誘い。梅田の土佐料理の小料理屋を手始めに、カラオケのあるスナック、洋風居酒屋、カラオケボックスと4軒。2軒目から合流した彼女の60歳になる女性もなかなかの酒豪でおまけに演歌好き。歌って踊る彼女らの毒気に当てられ、マンションに帰って服も脱がずにそのままベッドに倒れ込んだ。

30日は総務部の同僚と裁判所近くの立ち飲み屋で軽くすまそうと目論んでいたのに、彼の誘いにまんまと乗ってしまい、天神橋筋6丁目のスナックへ。2日続けてのカラオケは願い下げのつもりだったが、店にとても感じの良い女性がいて、その子の巧みな勧めについつい5曲ほど。気が付いたら閉店時間の午前3時。

師走の初日も部下の誘いを断れず、それならせめて住んでいるマンションに近い中津の居酒屋で軽く飲んで引き揚げようと店に向かうとまさかの臨時休業。仕方なくタクシーで天神橋筋の焼き鳥屋へ行ったら、われわれの講堂を察知した他の部員が4人ついてきて計6人。
今夜こそ1軒で帰ろうと思ったら、何だか盛り上がってしまいその中の女性が住んでいるマンションで〝部屋飲み〟と相成ってしまった。初めて1人暮らしすることになって買い揃えたテレビやベッドを自慢したいのか、夜遅くに男がゾロゾロ来るのを拒むのが普通なのに本人はいたって楽しそう。けっきょく解散は午前3時半となってしまった。

明日から5日まで帰宅。少しは体を休めて来週火曜日からのさらに激しい宴会ウイークに備えなければならない。

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大阪にいる間にあと1、2回撮っておきたい「日本海」。
天気は今ひとつだったがトワイライト色のEF81が牽く姿もしっかり記録に残しておきたい。103

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